第11話:アラニアの黒い影

作:ファンファンさん


-From 10-
森の外れはなだらかな丘になっていた。雑草がその丘の斜面いっぱいに広がっている。その草に膝の所まで埋もれながら、黒い影が高く両手を差し上げていた。奇妙な声が風に乗り、流れていく。
ややあって、漆黒の夜空を引き裂いて、星が流れていった。真っ赤な弾道が残像となって宙に浮かぶ。その奇跡は見る見る大きくなり、巨大な火の玉となって丘の上に降り注いだ。其処に一つの城があった。
一瞬、ぱっと輝きが起きる。少し遅れてとてつもない質量が落ちた重い爆発音が続いた。城壁が圧倒的な衝撃波によって吹き飛び、二の丸、三の丸など城郭は見る影もないほど砕け散り、周囲には破壊の炎が噴き上がる。その炎に照らされ、カノンの王城シャイニング・ヒルの全景が陽炎のように揺らいだ。
その様子を、邪神教団最高司祭ファンファンは極めて冷静なまなざしで見つめていた。己が身長を僅かに超える意匠の凝った杖と、漆黒の神官衣をを纏っている。その姿はまさしく、最高司祭の名に相応しい威厳があった。
魔獣の強力な精神支配を施す儀式の後、“跳躍”の瞬間移動魔術で前線へ移動。そして高位召喚魔術たる“メテオ・ストライク”の行使。通常の魔術師ならばとうに倒れ、魔力の過剰行使で身体が崩壊してもおかしくない。だがしかし、最高司祭への過酷なまでの険しい修練に耐え抜いた傑出した精神力と、魔術の発動体たる杖に邪神王の魔力供給がある今、彼にとっては問題ではない。
炎上する城の様子に、彼に付き従う百騎ほどの神殿騎士たちから、勝利を確信したかのような歓声があがる。だが、ファンファンの表情は動かなかった。
燃え上がる城は丘の上、その麓の森に身を隠した騎士たちはこの瞬間を待っていた。
だがしかし、問題はこれからだ。城壁が破れ、炎に混乱しているとはいえ、敵兵の数はファンファンの引き連れる数の十倍はいる。
彼は森の影からゆっくりと進み出た。付き添うのは四人の司祭たちだ。
静かに目を閉じると、ゆっくりと呪文の詠唱に入った。
「風よ、赫き炎よ、我が手によりて雷となり、その秘めたる裁きの力を我らに見せたもう」彼らが空にかざした手には光の球ができ、そして徐々に大きくなっていく。まったく同時に手から離れたそれらをファンファンは厳しい目で追う。
五つの光の球は重なり合うとより大きな光球へと膨れ上がった。そしてそれはシャイニング・ヒル上空の雲へと吸い込まれるように消えていく。
やがて雷鳴が轟き初め、その雲は雷雲へと変質していった。
次の一瞬、景色は漂白された。
幾筋もの太い雷が一斉に城へと降り注いだのだ。視界を覆うのは白一色。耳朶を打つのは激しい大気の鳴動。風と光の舞踏に誰もが言葉を無くし、その状況に見入っていた。いや、魅入っていた。
僅か一瞬の光により、かろうじて残っていた城門と円塔が崩れ落ちた。聞こえてくるのは悲鳴だけだ。つい先ほどの激昂の声は、既に無い。
ファンファンは背後を振り返った。神殿騎士たちは表情を改める。
ファン「騎馬隊、進撃を開始せよ。敵味方の識別を間違えるなよ」
騎士「「は、ははーッ」」
騎士たちが騎乗で伏するなか、ファンファンは赤い房飾りのついた騎士隊長に目配せをした。騎士隊長は頷くと、大声で下知する。
騎士隊長「第一陣、前へ!」
二十五名の騎士が前に出、馬上槍を脇に挟んで待機した。中軍の二陣、後詰めの第三陣とそれぞれ三十名ずつが待機する。
大気が電気分解されたことによって生じたイオン臭を彼らは存分に嗅ぎながら、騎士隊長は突撃を命じる。
ドドドッと地面を轟かせ、森の中から揃いの黒い鎧に身を包んだ神殿騎士たちが飛び出し、城を目指して丘の斜面を駆け上がった。怒号があちこちで上がり、士気は高い。
司祭「勝ちましたな」
ファン「・・・・・警戒を怠るなよ。伏せ勢がおるやもしれん」
廻りには既に司祭四名、警護の騎士五名しかいない。率いてきた八千の兵卒は全て眼下に広がるカノンの城下町においてきているし、また騎士も同様に二千をおいている。目の前に広がる城がもし、完全な防備で守っていたのならば、たかが百余名の小勢など相手にもしなかったろう。
だが、それを怠ったためにいまの状況が生まれた。カノン王国八百年の歴史がその腐敗を生んだのだ。“メテオ・ストライク”によって施設の大半は炎に巻かれ、また降り注いだ雷で城壁で消火作業に当たっていた兵の大半はケシ炭と化した。石造りのおかげで幸いなことに城内の兵は無傷であろうが、その数は少ないだろうと予想がつく。ましてその大半が内応貴族の兵だ。いまごろ同士討ちが起こっていることだろう。
ファン「カノン建国王はさぞかし無念であろうな・・・・・自国がこうなるとは誰も予想つくまいが」
アラニアから南下した邪神王軍は隣国・カノンを蹂躙していた。この島最大の農業国であるアラニアとカノンを押さえたいま、兵站は十分過ぎるほど取れている。肥沃な土壌は他国には少なく、いずれは食糧難に陥ることが明白であった。
また今回の侵攻作戦は電撃戦であるため、進軍速度は尋常でないほど早い。補給線の維持はもちろんのこと、カノンに接する国境への早急な部隊派遣。かつアラニア侵攻の際同様、砦の配置と城の修築、そして内応した者の領地の安堵状発給など、することは様々にある。
幸い、カノン最大の貴族であるカノン副都、ルード侯ランカスターがこちら側についたために戦況は思うように進んでいた。いずれ任じるカノン公爵の地位を約束しろとの条件であったが、彼の邪神王への忠誠は疑いようもない。事前に邪神王の魔力によって魂が犯され、心が奪われていたからだ。
ファン「私はルード侯爵邸に行く。ここは任せたぞ」
ファンファンの言葉に、続く司祭は頭を下げて応えた。

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