作:愚者皇さん
「ごっ…ぐぼっ……」
巨剣の一撃を受け、闘技場の壁に叩きつけられる。
咄嗟に大きく後退する事で致命傷こそ免れたが、剣の腹で殴りつけられる形となってしまった。
頭を強く打ったのか、意識がくらくらする。
身体の感覚がない…。指一本動かす事すらできない。
(くっ…。何も…できないまま……、俺は……死ぬのか………)
少女の手にした巨剣という名の死神の鎌が振り下ろされる…
(まだ…倒れるわけにはいかない…!!)
残る力を振り絞って腕を強く地面に叩きつけ、その勢いを利用して立ち上がると同時に地を蹴って横っ飛びに避ける。振り下ろされた巨剣が獲物を捕らえる事無く、虚しく地面にたたきつけられる。
彼女の持つ巨剣の刃に、赤紫に輝く文字が浮かび上がっている事にその時に愚者皇は気づいた…。
「狂戦士の牙…だと」
狂戦士の牙
絶大な力と生命力を得る代わりに、死ぬまで戦い続ける狂戦士と化してしまう禁忌の魔剣。
幾多もの名のある戦士がこの剣を手にし、自らの身を滅ぼしたのは有名な話である。
「なるほどな…」
あの剣ならば、アリシアの細腕でも振り回す事ができる。何故なら、それだけの腕力を剣が持ち主に与えるからだ。それが分かれば助ける方法は簡単だった…。
「あの剣を壊せば……トゥレイドファング!!」
牙を模した黒い剣を召喚すると同時に、アリシアに向けて投擲。投擲された黒い牙の剣をアリシアは巨剣を盾の様に立ててはじく。だが、それが愚者皇の狙いだった。投擲すると同時にアリシアに接近し、巨剣に両手を軽く当てる。
「風よ、荒れ狂う牙となりて打ち砕け!! 爆風牙(ヴァン・テンペス)!!」
愚者皇が叫ぶと、触れられた箇所が粉々に砕け散って暴風が吹き荒れる。砕け散った衝撃と暴風でアリシアは吹き飛ばされて地面にたたきつけられる。
「ちっ…加減を誤ったか…?」
そう呟きつつ、アリシアの元に駆け寄り様子を確かめる。見てみると、彼女は気を失っただけで奇跡的に外傷は無かった。それをみて安堵の表情を一瞬だけ浮かべた後、殺意の篭った表情でオルハの方を見やる。
「オルハ…貴様は大罪を犯した……」
愚者皇の周囲が凍りついたように温度が下がる…。
「死を持って、償ってもらう……」
トゥレイドファングを召喚すると同時に、オルハに向けて投擲。トゥレイドファングはオルハの顔を掠めて後ろに控えていた彼の手下の頭部に突き刺さる。断末魔をあげて崩れ落ちる手下を見やった後、オルハは怒りをあらわにしながら叫ぶ。
「短生種風情が…!!」
オルハはいくつもの火球を作り出し、愚者皇に向けて放つ。だが、火球は愚者皇の直前で跡形も無く消え去った。
「貴様の炎は…二度と俺には効かない……」
「ぐっ…、貴様ぁ〜!!」
再び火球を放つ、と同時に愚者皇に肉薄する。
オルハが腕の鉤爪を振り下ろしてくる。それに対し、愚者皇はトゥレイドファングを召喚して迎え撃つ。
火花を散らしながら鉤爪と刃がぶつかり合う。
「いい事を教えてやる…。俺の内に宿る魔神はセプテリオスだけではない…」
鉤爪を打ち払い距離を取ると、目を閉じすっと構えを解いた。トゥレイドファングも既に消している。
「アイツが気を失って好都合だったよ…。この姿を見せる心配が無いんだからな…」
ビキビキと音を立てて、愚者皇の左腕が黒くおぞましい異形の腕と変化していく。指からは長く鋭い刃の如き爪が伸び、腕のあちこちに黒い刃のついた触手の様な物が生えている。それはまるで意思を持つかのごとく、蠢いていた。
観客席にいた、オルハの同族がオルハを助けようと、全方位から愚者皇に襲いかかる。しかし、愚者皇はかけらも動く気配を見せる様子がない。
「…邪魔だ失せろ」
ばっと左腕を後ろに振るう。
次の瞬間、刃のついた触手がオルハの同族達を次々と切り裂いていった。
愚者皇の周囲に鮮血の華を咲き乱れ、断末の叫びが響き渡る。
「な、そんな…馬鹿な……」
オルハは信じられないものを見る目で、目の前にいる者を見ていた…。
「いい声だ…。やはり断末の声が最も美しいものだ…そう思わないか?フレイム・タン…オルハよ」
静かに呟いた後、愚者皇はゆっくりと目を開ける。
その瞳は鮮血の様に紅く染まっていた。
「さぁ、貴様は俺の“渇き”を満足させてくれるのか…?」
「お、おい…!!まだ来るぞ!!」
「ぬぅ…、流石に拙者もこれだけの数は…」
屍鬼を斬り伏せながら森の中を彷徨っていたレオンと拓ノ心は、既に疲労困憊だった。だが、二人の状況などお構い無しに屍鬼の襲撃は続いている。既に100を超える屍鬼を斬り捨てているのだろうが、いっこうに減る気配はない。そして気がつけば、逃げ場のない状況にまで追い込まれていた…。
「お、おい…このままだと俺等もあぁなるのか…?」
「そうでござるな…、遅かれ早かれ…拙者達が彼等に喰われるのは時間の問題でござろう…」
「って、何冷静に言ってるんだよ!!この状況をどうにかできるのはあんただけなんだぞ!!」
「だが、拙者一人では…」
そうしてる間にも、じりじりと屍鬼達が迫ってくる。
「光よ、聖なる槍となりて悪しき者達を闇に返したまえ!! 光槍撃(ロウ・ピアス)!!」
凛とした声が響き渡ると同時に、屍鬼達の頭上から無数の光の槍が降り注ぎ、跡形も無く消し去ってしまった。
屍鬼達が消え去った後、白の法衣に身を包み、白銀の槍を携えた若い女性がこちらにやってきた。
「お怪我はありませんか?」
「これはかたじけないでござる…。拙者は拓ノ心、そして…」
「レオンだ…。しっかし、こんな美人に助けられるとは…地獄になんとかとはこの事だな。ところであんたの名前を聞かせてくれないか」
「私はセレン=ティアノートと申します。セレンと呼んで貰って構いませんので…」
白い法衣の女性、セレンは柔らかな笑みを浮かべながら自己紹介をした。
「セレン様〜、ここにいたんですか〜」
ぜぇはぁと荒い息を吐きながら、同じく白い法衣に身を包んだ若い青年がやってきた。年は彼女よりも若いようだ。
「遅かったですねクレイス」
「遅かったって…セレン様が早すぎるんですよ〜」
「ところで…そちらの青年は?」
「彼は私の共をしている者で…」
「クレイン=ゼノサキスと言います」
クレインと名乗った青年は呼吸を整えてから自己紹介をしたあと、セレンが二人に尋ねてきた。
「ところで…、貴方達はこのようなところで何を…?」
「実は敵の罠によって、仲間とはぐれてしまったのでござるよ」
「仲間…?」
「あ〜、オルハとかいう奴を倒しに行く途中だったんだがよ、途中で俺等だけこの森に閉じ込められたってわけなんだよ」
「オルハ…という事は、私達と目的が同じという事ですか」
「なんと…!!」
「私達は、各地を支配する闇の魔物達を討つ旅を続けています。邪神王より、この世界を救う為に…」
先ほどの柔らかな表情から一転して、真剣なものに変わる。
「さぁ急ぎましょう…。この森はオルハの魔力によって結界が張られている様ですが、幸いにも今は弱まってるようです」
「うむ、早い所追いつかねば…」
そう言って一行はオルハの元へと向かった…。
闘技場の中央で、オルハと愚者皇の二人がぶつかりあう。いや、愚者皇が一方的に押している状況だった。
「爆風牙(ヴァン・テンペス)!!」
左腕を突き出した先の空間が爆ぜ、オルハの右腕が消し飛ぶ。だが、次の瞬間には再生して反撃を仕掛けてくる。
「ハァ!!」
心臓を狙った突きを受け流し、突き出した腕を爪で切り裂く。
脅威的な治癒力を持つオルハも、徐々にその治癒速度が目に見えて落ちていた。
「ぐっ…ぐぅ……」
切り落とされた箇所を押さえつつ、距離を取る。
彼は今まで感じた事の無い感情に戸惑いを隠せずにいた…。
(こ、この…私が……この私が恐怖してるだと…!?たかが、短生種ごときに…、夜の支配者であるこの私が…!!)
「貴様のその絶望した表情…悪くないな…」
くつくつと笑みを含みながら呟く愚者皇。
明らかに先ほどと様子が違う…いや、まるで別人の様だ…。
「貴様……」
「どうした…お前達にもあるんだろ?俺と同じ“渇き”がさ…。貴様の場合は知らねぇが、俺の場合は“殺戮”なんだよ…。殺す際に響き渡る断末の叫びと、飛び散る美しい鮮血…。それが俺の“渇き”を満たしてくれる…」
「狂ってる…。貴様は狂ってる……」
「化け物に狂ってるといわれるのは心外だ…。俺をこんな身体にしたのは、貴様等闇の連中だろうが…」
さも不機嫌そうに呟いた後、一歩踏み出す…
「ぐ…がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ありったけの魔力を持って巨大な業火球を作りだし、愚者皇に放つ。しかし、愚者皇はその業火の塊を左腕で掴んだ。
「これが貴様の炎か……。大した事ないな」
そのまま握りつぶす。
「貴様…!!」
オルハの姿が一瞬にして消える。
長生種特有の身体能力強化“加速”
殺傷能力に特化した火炎魔人であるオルハは特にその能力は桁はずれて高かった。
「遅い…」
一言呟いた直後、刃の触手が何も無い空間……だった筈の場所に現れたオルハを串刺しにした。
「ごふっ……」
「さぁ…お遊びは終わりだ……」
冷たく言い放つその一言はまさに死刑宣告そのものだった…。
「この…、化け物が……!!」
「爆ぜ散るがいい…!!」
オルハは言葉にならない断末の声を叫びながら身体がズタズタに切り裂かれ、爆ぜ散った…。