作:ファンファンさん
アラニア首都、アランを陥落させてから数日、各地の旧アラニア騎士団を含め残党の掃討をほぼ完了させていた。大半は邪神王の威圧に屈して寝返り、他国侵略の先鋒を申し渡した。また妻子をグレインホールドに置き、人質としている。
配下諸侯の妻子を人質にとるということが慣例化していたこの時代、それはおよそ必然的なことで土豪や騎士等小規模領主の反対はなかった。
アラニア一国を支配下に置き、各地に支城・砦を配置して万全の体勢を整える。また行き交う街道を封鎖し、交通も遮断した。主要な城には兵を入れ、国境の探索、掃討には妖魔を使う。
国境沿いを妖魔が徘徊することに恐れ、越境しようと試みる者は皆無に等しかった。
作戦司令部と化したグレインホールド・謁見の間でファンファンは意外な報告を聞くことになる。
ファン「ドルフ帝國が同盟を?」
側近の一人、副都ノービスの総督に任じたアルフォンソ・デステ大司教の言った言葉に、ファンファンは耳を疑った。
ファン「あの新興国は未だ自国領土すら保持できていない。それに、内応している者からの報告で新兵器とやらは完成まであと二年はかかると聞く」
到着したドルフ帝國使者はアルメリアの支配権と部隊の租借権をも渡す、と提示してきていた。
確かにこちらの情報漏れはあるかもしれない。それを含めて今現在、仮にドルフ側にアルメリアの支配権があるとしよう。だがしかし、それをそう簡単に手放すだろうか?ましてや自軍の部隊を相手に渡すなど、古今の戦略においても前例がない。また司教位にあった愚者皇が前線から離脱して脱走したという。その対応にも苦慮しているというのに、なぜこの時期に。
考えにふけっていると、なにかを察したのかファンファンはふっと視線を上げた。
ファン「陛下・・・・・」
ファンファンは謁見の間の中央に視線を向けた。そこにあらわれたのは空間の歪みだ。
邪神王『ファンファンよ・・・・・』
まるで老若男女が一斉に喋っているような声だ。まともな人間なら恐怖が心の内に生じてしまう。
しかし、その声は断固として口調で言った。
邪神王『同盟など捨て置け・・・・・それよりもまず、ドルフの出鼻を挫くことが先決である・・・・・アラン郊外にいる、ドルフの二部隊を壊滅させよ。一人も生きて帰すでない』
ファン「御意」
一度会釈すると、歪んだ空間は戻り、静寂が広間を包んだ。
使者「・・・・・同盟は、いかがなされるおつもりです」
使者が震える声で尋ねた。答えはわかっている。しかしそれでもなお、自分の使命を全うしようと懸命だった。
彼の周囲には音もなく漆黒の鎧を纏う騎士が現れている。
ファン「紹介しよう」
いつもの薄い笑みが口もとに浮かぶ。その視線の先にいるのは、哀れな使者の歪んだ顔だ。
ファン「君の脇にいるのは、邪神教団の誇る神殿騎士団の団長殿だよ。彼の剣にかかることを光栄に思いたまえ」
使者「そ、そんな・・・・・私は使者だ!殺すと、どうなるか・・・・・」
震えた声は何を発しているか彼自身にもわかっていないだろう。だが、発音を繋げていくとそのようにファンファンの耳には聞こえた。
ファン「ああ。なお、君の所属の部隊もすぐに後を追わせるとしよう・・・・・キノピオ、よろしく頼むよ」
キノ「わかっている」
キノピオは静かに頷くと、走り逃げようとした使者の首を抜き打ちざまに斬り捨てた。
擦過音はほとんどない。抜き放ったのは極薄の刃だ。わずかに反り返ったその刀身には、今や泣き別れになった首と胴体の持ち主の血も脂もついていない。
キノ「外の連中に気づかれるのは?」
ファン「さて。知る前に冷たくなっているだろうよ」
面白げな響きを伴う言葉にキノピオは頷くと、静かに退室した。