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第53話:紅き狂宴、憎しみの化身 上

作:愚者皇さん


-From 52-
愚者皇は丘の上より見える街をただただ静かに見下ろしていた…。
恐らく、ここがヴィエナという街なのだろう…。
ヴィエナの街は昼間だというのに、遠目から見た限りではゴーストタウンの様に薄暗く感じた。

『お前さんが日陰者だから、アリシアはさらわれたんだ。他にどういう理由があるってんだ?あの子は普通の子だ。前科があるわけでもなく、ことさら変なわけでもねえからな』

(俺のせいだ……言われなくともそれは分かっている……!!)

以前、レオンに言われた言葉を歯噛みする様に心の中で半濁し、銀色のチェーンで首に下げた指輪を強く握り締めた…。

「愚者殿、野営の準備ができたでござるよ」
「お前が手伝わねぇせいで、結構時間食っちまったぜ」

振り向くと、拓ノ心とレオンが野営の準備を済ませたところだった。心なしか、レオンが不機嫌な口調でぼやいている。

「あぁ、今行く……!?」

不意に誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がした…。
周囲を見回すが、彼等の他に誰かがいる気配はない。

(気の…せいか……?)

だが、幻聴とも取れるその声は助けを求めている様にも聞こえた…。


それから2日後、一行はヴィエナの街へと入った。

「しっかし、薄っ気味悪い街だな〜」
「……………」

ヴィエナの街は遠目から見ても人の住む様な場所ではなかったが、実際に足を運んでみるとそれがより確実なものとして認識できた。
街全体に瘴気が薄い霧の様にして包まれている。
建物はひとつとして明かりが付いておらず、人一人すらいる気配が感じられない。
愚者皇が遠目からみて薄暗いと感じたのはそのせいだろう…。

「街全体が邪気に包まれている…。およそ、人の住む場所とは思えないでござるな…」
「……………」
「おいどうしたんだ?さっきから黙り込んでよ……。おい、顔色悪いぞ…」
「愚者殿、まだ傷が癒えてないのでは…」
「いや…、傷は癒えてる……。だから何でもない……」

心配する二人に対し、愚者皇はつとめて平然とした表情を作る。

(ぐっ…、こんな時に……)

胸が焼けるように熱い…。
頭が針を突き立てられた様に痛い…。

以前、ケンプファーに致命傷を負わされセプテリオスの力を奪われた愚者皇は、アルティシアという新たな魔神の力を得た。…しかし、その代償として以前よりも強い『渇き』に襲われていた。いや、実際に『渇き』に襲われたのはこの街に入ってからだった…。

渇き…
人ならざるモノを宿す魔人は、常に内なる魔と戦っている。
その内なる魔が抱く欲望…それが渇きと言われるものである。
1体だけでも魔神を支配するのに尋常でない精神を要するのだ。
それ故に、複数の魔神を支配する愚者皇の精神は桁外れなものといえる…。だが、彼の精神を持ってしてもその支配は完全なものではないのだ…。いや、彼だからこそ、この程度で済むと言える。並の者であれば精神はおろか、肉体すらも滅んでしまうだろう。

(だが…今ここで屈するわけにはいかない……。アイツを助けると決めたんだからな……)

「お待ちしておりました…」
「「「!!」」」

低く静かな口調と共に、タキシードを着た老紳士が彼等の目の前に現れた。
音も無く現れた老紳士に警戒し、愚者皇と拓ノ心は咄嗟に戦闘態勢に入るが、それに気づいた老紳士が諭すような口調で言葉を続けた。

「どうか武器を収めください…。私はあくまで案内するように主より命を受けておりますので…」
「主…オルハの事か?」
「左様でございます。それでは屋敷はこちらにございますので、どうぞ…」

そう言って歩き出す老紳士の後を3人はついていく。
しばらく歩いていくと街の外れに出て、森の中へと入っていった。
森の中は街中よりも暗く、奥に進んでいくに連れて景色が蜃気楼の様に揺らいで見えるので、知らないうちに迷い込んでしまいそうな錯覚に陥る。
その中を、老紳士は迷う事無くしっかりとした足取りで歩いていく…。

「どこまで行くんだよ、さっきからずっと同じ様な景色ばっかりで…っておい!?」

気がつくと、いつの間にか愚者皇と老紳士の姿が消えていた…。
どうやら、拓ノ心も気づいていたのか深刻な面持ちでレオンに話しかけてくる。

「どうやら…、意図的に愚者殿と離れさせられた様でござるな…」
「あぁ?どういうことだよ…」

苛立ち気な口調で尋ねると、拓ノ心は周囲を警戒する様に見回して言葉を紡ぐ。

「恐らく…愚者殿を確実に仕留める為でござろう。今の愚者殿は、明らかに万全の状態ではない…。ましてや人質を取られている以上、下手な手出しができない…。またとない絶好の機会を、拙者達に邪魔されるわけにはいかないのでござろう…」
「ちっ…、どうするんだよ。このままじゃ、延々彷徨った挙句にのたれ死ぬのがオチだぜ!!」
「しかし、この森から抜け出すのは容易ではなさそうでござるな…」
「どういう…!?」

レオンの言葉を遮るようにして、木々の間から黒い影が二人に襲い掛かってくる。

「はっ」

拓ノ心は鞘から斬鉄剣を抜き放つと同時に一閃。流れるような一連の動作で、襲い掛かってきた黒い影の胴体を両断する。
ぐちゃりと鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。
見ると、どこにでもいる中年の男だった…。だが、顔色は血の気が感じられない位に青白く、大きく開かれた瞳は赤黒く濁っていた。
胴体を両断された男は、ごぼごぼと瞳の色と同じ赤黒い血を口から吐き出しながら、しばらく身体を痙攣させていたが、男の頭部に刀を突き立てるとぴくりとも動かなくなった…。

「なっ…何なんだよ……コイツ」
「恐らく、あの街の住人…だったものでござろうな」

それに続いて、ガサガサと草を掻き分けるような音と共に、さきほどと同じ様な人間が次々と緩慢な動作で現れてきた。
数は10を軽く超えており、言葉にすらなってないうめき声が森の中に響き渡る。
あまりの異様な光景に眩暈すら覚え、思わず後ずさりしてしまう。

「おい、あんたならこいつ等軽く蹴散らせるだろ!?」
「…しかし、この数では少々骨が折れそうでござる」

懇願する様なレオンの言葉に、拓ノ心は苦笑気味に答えた。


「あそこが…我が主の屋敷にございます」

老紳士につれられてやってきた屋敷は森を抜けた先にある大きな湖の中央にある小島に佇んでいた。
屋敷は見た感じかなり古く、壁を初めとして全てが赤一色に染まっている。正直、見ていて吐き気を感じずにはいられなかった。
それでも、それを堪えつつ老紳士に尋ねる。

「…それで、あそこまで行くにはどうすればいいんだ?」
「ほとりに船を用意しておりますので…こちらです」

老紳士に連れられて、ほとりにある小さな船着場より船に乗り、小島にある屋敷へと向かう。
屋敷にたどり着くと、屈強な門番2人が入り口を遮る様にしてたっていた。

「我が主の客人を連れてきました…。通してもらえますかな?」
「ご苦労様です…。どうぞお通りください」

そういって門番は入り口の扉を開ける。ギギギッと軋む様な音を立ててゆっくりと扉が開いていく。

「それでは参りましょう…」
「…………」

愚者皇は無言のまま老紳士と共に、屋敷の中に入っていく。
屋敷の中は外観の古臭さとは裏腹に、かなりしっかりとした石造りの建物だった。
長く続く通路を歩いていくと、赤く染まった扉の前にたどり着いた。老紳士は、扉の目の前に立ち止まると愚者皇の方に振り返り、中へ入るよう促す。

「どうぞ、中で我が主がお待ちです…」

愚者皇は警戒しながら扉をゆっくりと開け、中に入る。
そこは部屋というより王の間と呼ぶに相応しかった。床には一直線に赤い絨毯が敷かれてあり、その向こうには玉座と思われる豪勢なつくりの椅子がある。そして、その玉座に座っている蒼髪の男…。

「オルハ…、彼女を…アリシアを返してもらうぞ」
「くくく…」
「………何がおかしい」

オルハはくつくつと笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「正直、君が来る事は知っていたが…。しかし…たかが娘一人の為にやってくるとは…」
「…………」
「まぁ、いいさ…。君はもうすぐその顔を絶望で歪ませる事となるのだからね…」
「どういうことだ…」
「こういう事だよ…」

オルハがパチンッと指を鳴らすと同時に、背後より殺気を感じる。愚者皇は咄嗟に身を翻して横っ飛びに転がる。その数瞬後、部屋を揺るがす様な轟音が響き渡る。衝撃に吹き飛ばされつつも受身を取って体勢を立て直し、殺気の元を睨みつけ…

愚者皇の表情が驚愕のものに変わる…。
そこには、見覚えのある少女が身の丈の倍の大きさはある巨剣を携え、光を灯してない瞳でこちらを見ていた。

「何故だ…、何故…アリシアが……貴様!!」

愚者皇はオルハの方を怒りの形相で睨みつけながら叫ぶ。それに対し、オルハはくつくつと笑みを浮かべながら答える。

「どうだね…助けようとした娘が君に牙をむく…。これほど楽しめる宴はないとは思うけどね…」
「あの娘に…、アリシアに何をした!!答えろオルハ!!」
「それに関しては、私から説明しよう…」
「!!」

見ると、オルハの隣に黒いスーツを着た男が立っていた。

「貴様…」
「何者だ…とでも言うのでしょう。あぁ、そういえば貴方は私の名を知らなかったのでしたね…」

冷ややかな微笑を浮かべながら黒いスーツの男は言葉を続ける。

「我が名はケンプファー。イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファー。薔薇十字騎士団、位階9=2、称号“機械仕掛けの魔術師”以後、お見知りおきを…愚者皇」
「貴様か…、貴様があの娘を…!!」
「以前、貴殿より返させて頂いたセプテリオスを…あの娘の中に埋め込ませてもらいました。貴方ならお分かりのはずです…」
「まさか…」

怒りで身体が震えている…。
握り締めた拳に爪が食い込み、指の間から血が流れている。

「これもあのお方の意s…「ふざけるな!!」」

ケンプファーの言葉を遮るように叫んだ愚者皇は、これほどまでに無い憎しみの表情を浮かべていた。だが、ケンプファーはあくまでその表情を変えず、淡々とした口調で言葉を続けた。

「まぁ…貴殿の実力はすでに分かっています……。フレイム・タン、後は任せましたよ…」
「御意に…」

敬う様に深々と頭を下げるオルハに一瞥した後、ケンプファーはぐにゃりと空間を歪ませながら姿を消した。姿が消えた後、オルハはこれほどに無い位に恍惚とした歓喜の表情を浮かべながら、詠う様な口調で叫んだ。

「さぁ、舞台と役者は揃った…!!これより開かれるは長く紅い、血の夜の宴…。存分に楽しまれるがよい…」

気がつくと景色が一変して、闘技場へと変わっていた。
観客席にはゆったりとしたベドウィン風の民族衣装を着た男女がこれから始まる決闘を今か今かと待ちわびていた…。
ズシャリ…と砂を踏む音と共に、アリシアがこちらを向く。

「……………」
「さぁ、始めてもらおうか…!!」

オルハの一声と共にアリシアが地を蹴り、横薙ぎに巨剣を振るってくる。

「ぐっ!!」

咄嗟にトゥレイドファングを召喚し、巨剣を受け止める。
その小柄な身体からは到底及びつかない程の重い衝撃が剣を伝って襲い掛かる。ずざざざと音を立てて愚者皇の身体が後ろに吹き飛ばされるが、すぐさま身体を後転させて距離を取る。しかし、間髪いれず2撃目・3撃目が振り下ろされる。
1撃1撃が必殺となる一太刀を、愚者皇は最小限の体捌きと剣の腹で滑らせながら受け流す。
愚者皇は闘技場を回るように動きながら、攻撃を捌き続ける。が、彼女はその巨剣の重さをものともせずにこちらの動きに追いついてくる。
闇と風を司る魔神、セプテリオスは主に敏捷能力が大幅に上昇する。彼女がついてこれるはその為である。
しかも、トゥレイドファングはベリアルの矢を受けたダメージから完全には修復されていない…。

「どうした…?このまま逃げ回っていても、何も変わらないぞ…」
(好き放題言いやがって…)

そうしてる間にも愚者皇は、縦横無尽に繰り出される巨剣の一撃を受し…

「なっ…」

彼女の生気の無い目から涙が流れていた…。それと同時にかすかに唇が動く。

『おねがい……です。私を……殺して……ください』
「なっ…!!」

一瞬の隙、愚者皇は横薙ぎに振るわれた巨剣の一撃をまともに受けた。

-To 長い夜〜序章〜-

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