作:愚者皇さん
月夜の夜の下…二つの影がぶつかり合う。
3つの刃がぶつかりあって火花を散らす。
斬り、受け、刺し、流し、捌き、切り結ぶ…
斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬!!
弧を描く銀閃が風を切る。
二人はただ無心で斬りあい、相手の一撃を捌き続け、距離を取って再び切り結ぶ。
「……………」
「ハァ…、ハァ…」
十度に渡る切り結びの後、肩で息をする闇に対して愚者皇は息一つ乱してない。
それもそのはずだ。
暗殺者である闇と剣士である愚者皇。
人を殺す技量は闇が上だが、戦闘経験は幾多もの修羅場を潜り抜けてきた愚者皇が上だ。そして、今回は技量よりも単純な経験がものをいっただけである。
無論、闇も常人以上の体力はある。しかし、底なしともいえる愚者皇の前では幼子も当然だった。
「どうした…、まだだろ…?」
トゥレイドファングを構える愚者皇。
「流石は…邪神教団の騎士団長を勤めてただけはあります…」
「しかも…、貴方は全力を出してない……」
「?何を馬鹿な事を言ってるんだ…?」
「何故、魔神を使わないんです…?」
「……………」
「私には、魔神を使わずとも勝てると…そう言いたいのですか?」
「ふっ……」
闇の言葉に、愚者皇は薄く笑みを浮かべた…。
「…何がおかしいんです?」
「お前こそ、全力を出してないだろ。お前ほどの実力者が、あの程度の奴の元で甘んじてる事自体がおかしくてな…」
「買いかぶりすぎですよ…」
半ば自虐的に闇が答える。
「だったら本気を出してみろ…」
「…わかりました」
すぅっと、闇の周りにまとう空気が変わった。身体をだらんとさせ、じっと立っている。
一見すると無防備に見えるが、愚者皇にはそれが何を意味するか即座に理解した。と同時にふっと闇の姿が消える。
「!!」
微かな風を切る音。
愚者皇は直感的に身体を低く落とす。その直後に、彼の首があった辺りに銀閃が走る。
「なるほど…殺気すら消すか…」
そう呟く彼の表情は驚愕半分、歓喜半分といった所だ。
一撃を避けられた闇の身体は再び音もなく消え、間髪いれずに攻撃を仕掛けてくる。それに対し愚者皇は紙一重で避け続ける。
「どうしました…?まだ使われないんですか?」
「…悪いが、そんなぽんぽん使える代物じゃないんでな」
避け続けながら軽口を叩くが、正直いって状況は悪かった。
死角から、しかも視認できない速度での攻撃。気配や殺気を探るのも困難。まさに暗殺者ならではの芸当とも言える。
「くっ…」
愚者皇は建物の屋根の上に飛び上がった。死角からの攻撃は建物の壁を利用した変則的なものと判断した為だ。しかし…
「悪くない判断です…。ですが」
「!!」
背後に一瞬の殺気と背中に焼け付くような痛みが走る。
「ぐあっ!!」
激痛でぐらりと体勢を崩すと同時に、闇が目の前に姿を現す。
「これで終わりです…」
心臓めがけて短剣が突き出される。しかし、
「!!」
「悪いな、狙ってくるのは分かってるからよ…」
短剣は愚者皇の左腕に突き刺さっていた。
「あまり使いたくなかったんだが…」
どくん…
鼓動が辺りに響き渡ると共に左腕がビキビキと音を立てて禍々しく変化していく。突き刺さっていた短剣がバキンと音を立てて砕け散った。
「な…何が起ころうと……?」
驚愕の表情を隠せず、闇が呟く。その表情を見て愚者皇がそれに答える。
「魔神を開放してやるよ…。それがお前の望みだろ?」
周囲の空気が澱んだみたいに重くなる。
愚者皇を中心に黒い風が巻き起こる。
「が…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
左腕を初めとして身体中が黒い甲冑を纏う様に硬く変化していく。
風が止んだ時、闇の目の前には黒い甲冑を纏った騎士の化け物が立ち尽くしていた。
「憑依…セプテリオス。俺の中に眠る狂気の魔神だ…」
「やっと見せましたか…。それでこそ、本気を出すに相応しいです!!」
何もない場所から紫の槍が表れ、闇の手に握られる。
「こちらも戦士として相手をしなければいけませんね…」
一気に距離を詰め寄り、神速の突きを繰り出してくる。それをトゥレイドファングで受け流す。
(この姿になれば長くは理性が保てない…一気に決着をつける……!!)
黒い騎士となった愚者皇はその外見からは到底考え付かない速度で斬りかかる。
ガガガガガガガガガガガガガガッ!!
紫の槍と白銀の双剣がぶつかり合う音が響き渡る。そのぶつかり合う様は常人の肉眼では捕らえる事はできない。
「「はっ!!」」
ぶつかり合った際に起こる衝撃波で周囲の屋根が吹き飛ばされ、砕け散る。
「せぁっ!!」
愚者皇の上段からの一撃を闇に叩き込む。咄嗟に闇は槍を前に出して防御を取るが、足元の屋根にそのまま叩きつけられる。
「ごぁっ!!」
衝撃をそのままその身に受け、うめき声を上げる。
さらに叩きつけられた反動で浮き上がった所を体当たりをかまして通路に叩きつける。
軽い振動と共に闇の身体が通路に叩きつけられ、さらに2.3度跳ねながら吹き飛ばされる。続いて吹き飛ばされる場所へ先回りし、右の剣で斬り上げる。
その後、左腕に持つ剣を手放してそのまま闇の右足を掴み、地面に建物の壁にと叩きつけ続ける。叩き続ける度に骨の砕ける鈍い音が響く。
「はぁ…!!」
8度目の地面に叩きつけた後、奥の方へと投げ飛ばす。
「が…は……」
半ば意識の飛んだ状態の闇ははるか先にいる愚者皇を見る。
全身から黒い風を纏いながらこちらに襲い掛かってくる。
闇の全身に戦慄が走る。高鳴る鼓動が警鐘を告げる。しかし動く事はできない。蛇に睨まれた蛙の如く、指一本ぴくりともしない。
ふと、雄叫びと共に黒い狼が大口を開けて自分を飲み込まんとしていた。
「そう…か……」
それが闇が見た最後の光景だった。
3つの牙が自分の身体を貫き、意識が途切れた。
「何故……、殺さないんですか……?」
自分を見下ろしている愚者皇に尋ねる。
「お前を殺しても…、また次の刺客が来るんだろ…?」
「えぇ……そうです……。貴方は…決して逃れる事はできない……」
「だったら…、お前が俺を殺しに来るがいいさ…。何度でもな……」
それだけ言うと、愚者皇はその場を後にした…。
「何度でも……か」
闇は噛み締めるように呟く。
「どうでしたか…?」
音もなく、愚者皇が闇と戦う前に話していたボロの人影が現れた。
「!!!か…」
「これまた手酷くやられましたな…」
「まぁ……な。だが、これではっきりした…」
「では…」
「間違いない…。あのお方は奴の中に眠っている…」
「おぉ…やはり、あの人修羅でしたか……」
!!!と呼ばれたボロの影は歓喜の声をあげた。
「!!!よ…。私は傷が癒え次第奴の元へ戻り、邪神共の動向を探る…」
緩慢な動作で闇が起き上がる。あちこち切り刻まれたせいか、未だに出血が続いている。
「承知いたしました…」
「それと、兵の方はどうだ…」
「はっ…、そちらも滞りなく…」
「そうか…。では頼むぞ…」
そう言って、すぅっと闇の姿は霧の様に消えた。
「闇も大変だな…」
「デスラグナロクか…」
!!!の背後に、骸骨の甲冑を纏った騎士が立っている。
「まぁ、隠密は奴の得意分野だもんな…」
「それで、兵の方はどうなさったんですか…?」
「あぁ、副官に任せてる…。俺の方はいつでも動けるぜ」
「そうですか…。ではメルド教国を落としてください。あそこを我が軍勢の拠点とします」
「了解…。んじゃ、ぱぱっと終わらせてくるぜ…」
「頼みますよ…デスラグナロク」
「「我等が主の為に…」」
そう言った後、二人の姿も夜の影に消えていった。