作:愚者皇さん
ガルド、ギラム、ゴラン…
あいつ等は俺と同じだった…。
他から忌み嫌われ、3匹は寄せ合って生きていた…。
俺も他の奴等から忌み嫌われていた…。
だからかもしれない…。
俺と3匹はうまがあった…。
あいつ等は俺を実の親の様に慕っていたし、俺自身も3匹を実の息子の様に可愛がった…。
だからこそ、俺は3匹と寝食を共にしていた。
魔界の魔狼…
誇り高く、そして冷酷とも言われる種族…。
だが、それと同時に常に孤独と隣りあわせで生きてきた悲しい奴等だった…。
「グルル…」
3匹の魔狼は愚者皇を睨みつけている…。
「何故だ…」
愚者皇は驚愕の表情を隠せないでいた…
「何でお前達が…」
だが彼等は答えない…。鋭い牙を口元から覗かせ、目の前にいる獲物を狙う目でこちらを見ている。そして、3匹の巨獣は一斉に襲い掛かってきた。
「くっ…!!」
咄嗟に飛び上がって3匹の突撃を回避する。3匹の突撃により、さきほどまでいた建物が音を立てて崩れ去る。
「何でだ…ガルド、ギラム、ゴラン!!何故お前達が…!!」
愚者皇は攻撃を避けながら叫び続ける。
「ガアァァァァァッ!!」
ガルドが口を大きく開けてブレスを吐き出してくる。
「まずい…!!」
咄嗟に側転してブレスの範囲外に逃れる。
ジュブジュブと音を立てて木々や建物が崩れていく。魔狼特有の腐食のブレス、不可視の息だ…。
「ちっ、やるしかないのか…」
双剣を抜き放ち、構える。
『久しぶりだね〜愚者皇…』
「!!」
上を見上げるとそこには漆黒の神官衣に身を包んだ人間が宙に立っていた。
「ファンファン!!」
『私の名前を覚えてくれてて嬉しいよ…。どうだい愚者皇、私からのプレゼントは…』
「なっ…!!」
『感動の再会と言う奴だよ…。私なりに気をきかせたつもりなんだがね』
「ふ…ふざけるな!!」
激昂した愚者皇が宙にいるファンファンに怒鳴りつける。
「貴様…あいつ等に禁呪を使っただろ!!」
『あぁ、そうさ…。君も愛する飼い犬に喰われて死ねるのなら本望だろ?』
くくくと含みのある笑みを浮かべながら呟く。
『さぁ、絶望に染められる様を味わうがいい…』
そう言って、ファンファンはすぅっと姿を消した…。それと同時にゴランが飛び掛ってきた…。
「ガァッ!!」
「はぁっ…!!」
振り下ろされる鉤爪を身を翻して避け、双剣で斬りつける。確かな手ごたえ…
「馬鹿な…」
斬りつけた場所がすぐさま再生していき、完全に塞がる。さらに右前足での薙ぎ払いが遅いかかる。
「ごふぁ…!!」
避ける間もなく横殴りに叩きつけられ、別の建物の壁に吹き飛ばされる。
「ぐっ…うぅ……」
立て続けにガルド、ギラムがブレスを吐きつける。
「ぐあぁぁぁぁぁ…!!」
触れた場所からジュウジュウと音を立てて肌がただれていく。焼け付くような痛みが全身に走る。
愚者皇がまともに動けなくなった所で、ゴランが両足で地面に踏みつけた。
体中の骨という骨が鈍い音を立てて砕ける音が耳に入る。
「がっ…あぁ……」
さらにミシミシと音を立てる。
息ができない…、手足の感覚が無い…。
「このまま…死ぬのか……?」
視界が真っ暗になっていく…、そして意識が途切れた…。
気がつくと闇の中にいた…
「ここは…」
辺りを見回しても何も無い…。
あるのは果てしない闇…。
「俺は死んでしまったのか…?」
だとしたら不思議と冷静でいる自分に感心する。
愚者皇は闇の中を歩いていく事にしたが、歩けども歩けども闇が続くだけだった…。
「ん?」
しばらく歩いていくと、いつしか景色が深い森に変わっていた…。
空を見上げると紅い月が浮かんでいる。
ふと、血の臭いが鼻をかすめた…。
「なんだ…?」
その方向へと歩いていくと、そこには惨劇の後が刻まれていた。
目に映るおびただしい死体の山と血の海、そして…
「俺…なのか?」
その中央で、自分が立ち尽くしていた…。
手には鉄塊の如き大きな剣を携えている。大きな刀身にはべっとりと血が付いている。
そこにたたずむ自分はこちらに気づくと、無邪気ともいえる笑みを浮かべていた。
「お前は…」
「僕は君だよ…そして、君は僕だ…」
「何を訳の分からない事を…」
「何を我慢する必要があるの…?」
「なっ…!?」
「君は知っているはずだ…あの味を…あの快楽を……」
「!!」
自分の身体に戦慄が走る…。
「分かる筈だ…、君は飢えている…」
「…やめろ」
「君も欲しい筈だ…」
「…言うな」
「血を…断末の叫びを…」
「やめろ…!!」
「そう…」
「それ以上言うな!!」
「君は僕と同じだからさ…」
どくんと…何かが蠢くのを感じる。
身体中が熱を帯びたみたいに熱い…。
舌がからからする…
「少しばかり、僕が“表”にださせてもらうよ…久々に遊びたくなったからね…」
押さえつけていたゴランの足がゆっくりと上がる。次の瞬間…
メギリと鈍い音を立ててゴランの左足が跡形も無く消し飛んだ。
「ガアアアアアアアッ!!」
悲鳴の如き雄叫びを上げるゴラン
「やれやれ…僕を踏みつけるなんて…。躾のなってない飼い犬だね…」
そこに立つ愚者皇、しかしいつもと様子が違った。血の様に紅く長い髪、手に携えるは双剣ではなく紫の炎を纏った鉄塊の如き巨大な剣。
複雑な魔術文字が刻まれた黒い刀身からは、禍々しい瘴気が漂っている。
「まぁいいや…。しばらく眠りっぱなしで身体が鈍って仕方なかったんだ…」
「僕の名は黒き月の魔神セプテリオス。僕と戯れる事を光栄に思うがいい、畜生よ…」
すっと、鉄塊ごとき大剣を担ぎ上げる。
「貴様如き畜生如きと戯れる為に…この、魔剣・ロストハートを用いてあげるんだからな…少しは楽しませてくれよ」
音もなく姿を消す愚者皇の姿をした魔神セプテリオス。
ゴランの背後に現れた次の瞬間、ゴランの身体に30もの斬撃が刻まれる。
「ゴアァァァァァァァッ!!」
ゴランは鮮血を体中から吹き出し、巨体を地面に崩れ落とす。
「グアァァァァァッ!!」
「ガァァァァァァァッ!!」
兄弟を傷つけられたガルドとギラムが一斉に襲い掛かる。
「遅いね…」
ほんの一歩分、後ろに下がる。
べきりと音を立てて、セプテリオスの立っていた場所が大きく踏みつけられ、クレーターができる。
「図体ばかりでかいから、動きがとろすぎるね…」
セプテリオスはさも眠そうな表情で呟くと、詠唱を始める。
「我、滅びを告げる風なり…」
まるで旋律を奏でるが如く言葉を紡ぎ、印を踏む…。それはまさに“歌”だった…
「身体は宵闇、血潮は混沌の海…」
セプテリオスの周囲に黒い風が巻き起こる。
「我は闇と共に行き、闇と共に死ぬ…」
足元に複雑な模様の魔法陣が幾重にも広がり始める。
「我が求める滅びの風…」
黒い風がさらに広く、猛々しく吹き荒れる。
「我は告げるは死呼ぶ旋風なり!!」
最後の印を踏むと同時にロストハートを地面に突き立てる。吹き荒れる黒い風が無数の刃と化してガルドとギラムに襲い掛かる。
「グアァァァァァァァァァッ!!」
「ガアァァァァァァァッ!!」
断末の如き雄叫びを上げながら、黒い風にその身を刻まれ続ける。
吹き飛ぶ建物、抉られる地面、辺りにいた悪魔は全て黒い魔獣に喰らい尽くされ、血肉を撒き散らす。
「ハハハハハッ、そうだよ…。もっと血を…もっと断末の叫びを…!!」
その中でセプテリオスは笑っていた…。
無垢な子供の如き無邪気で、残酷な笑いを上げていた。
そして黒い風がやんだ後…、瀕死のガルドとギラムが自らの血で紅く染めながら横たわっていた。
「グルル…」
「グゥ…ルル」
身体の8割以上を食いちぎられ、立ち上がることすらもできない。ただ、唸るだけしかなかった…
「さて…そろそろトドメを…うぐっ!!」
セプテリオスが頭を抱え、その場にうずくまる。
『俺の身体だ…、悪いが帰してもらうぞ…』
「ぐぁ…!!まだ抵抗するつもりか…!!うあぁぁぁぁっ!!」
紅かった髪が元の白い髪に戻っていく、鉄塊の如き大剣もすぅっと霧の如く消えていった。
「ハァ…ハァ……」
ふらつく意識をもたせつつ、ガルドとギラムの元に近寄る。3匹はファンファンの禁呪から解き放たれたのか、元の姿に戻っていた。
「ガルド…ギラム……」
もはや死にかけの魔狼に触れる。
「グルル…」
振り向くと、同じく死に体のゴランも愚者皇を見ていた。
「ゴラン…」
そう呟くと、彼は手に持っていた双剣を地面に落とした。
「ごめんな…お前等を連れて行ってやれなくて……」
「ぐるる…」
ゴランが愚者皇の手を舌で舐める。
「俺を……許してくれるのか…?」
「ぐるる…」
低く唸った後、ゴランもまたその巨体を地に伏せた。
「馬鹿野郎…死ぬな…死ぬんじゃない……!!」
「ぐ…るる……」
「俺達は家族だろ…!!死ぬ時は一緒だと…言ったじゃないか!!」
愚者皇はゴランの頭に抱きつく。
『ゴシュジン…』
「!!」
不意に声が聞こえた。
『オレタチ…ゴシュジントイッショニイレテタノシカッタ…イママデアリガトウ…』
「馬鹿野郎…これからだって一緒だろうが!!」
『オレタチハ…モウゴシュジントイッショニハイレナイケド……セメテタマシイハトモニ…』
その直後、愚者皇の双剣が宙に浮き、それと同時に3匹の魔狼の身体が光の粒子となる。
『ゴシュジン…ケッシテ、ココロヲヤミニノマレナイデ…』
『オレタチ…、コンドハゴシュジントトモニタタカウ…』
『ダカラ…ズットイッショダ…』
光の粒子が双剣に吸い込まれ、輝き始める。
光が止んだ後、そこには牙を模した白銀の双剣が現れた。
『アリガトウ…』
最後にそう聞こえた…。
「ガルド、ギラム、ゴラン…」
愚者皇は白銀の双剣を掴む…。
「共に…戦おう……」
そして、その剣の名を呟く…。
「魔狼剣・トゥレイドファング」