第13話:カノンの貴公子

作:ファンファンさん


-From 12-
ルード侯爵邸に到着したファンファンは、ルード侯自らの歓待を受けていた。
そこで自然、酒宴となった席で国名カノンと同名の首都・カノンの陥落を告げた。
「貴殿の配下はよくしてくれた。礼を言おう」
「はッ。アラニア陥落の知らせが届いた直後の神の啓示で悟りました。わたくしはウロボロス様にお仕えせねばならない、と」
語り出すランカスターの横顔は真に入っていた。身の丈百八十はある長身に加え、日頃から剣術、馬術では領内敵なしと謳われる彼は、想像通りの男だった。誠実な人柄、また馬上試合でも常に優勝候補筆頭のこの男が、これほどの男がカノン王を見限ったのである。
ファンファンが自ら注ぎ込む葡萄酒を一気にあけたランカスターはさらに続ける。
「しかしファンファン司祭もお見事で。シャイニング・ヒルを正面から攻めたとて十万二十万の兵でも落ちませぬ。背後は峻険な山々が連なり、とても人馬はおろか山の動物ですら通らぬ始末。搦手からも攻めれぬとならば、いかにして攻めようと連日軍議を開いていたところです」
「いや、私の魔術はあくまで手助け。実質カノン解放を促したのは兵であり騎士です。そして、あなたの力添えがなくてはシャイニング・ヒルの内部構造は知り得なかった」
いまや最大の同盟者とも言うべきルード侯爵ランカスターを立てておいて後々損ではない、とファンファンは踏んだのだ。
「我が麾下の騎士団四千名。及び兵一万二千はこれより邪神教団への参加を致します。現在カノン各地の城や砦に早馬を飛ばし参加を呼びかけていますので、後々参加へ威力は増大いたしましょう」
「それは頼もしき限り。よろしくお頼み申し上げる」
「お任せあれ。ほどなく吉報が届くでしょう」
カノン王家の血を引くランカスターが邪神教団につくとなれば各国の衝撃は計り知れない。王位継承権はカノン王カドモス嫡男アレンの次席、つまり第二位にあたる。領民からは賢帝と呼ばれ、治世が行き届いた政治を行ってきた。その男が邪神教団に入るのだ。
(これは思わぬ収穫だ。理解ある者がいれば、それだけで格段に勢力範囲を広げることが出来る)
ファンファンはそう思っていた。
戦争を続ける上で一番重要なのは兵力や金ではない。情報だ。
その情報源となるのは領民である。治世を怠れば、人心は離れて情報は入らなくなる。その点を考慮した上でのランカスターの懐柔であったが、懐柔の必要すらないほど邪神教に理解を示していた。
「邪神、と名が付いておりますがその実、良いことをしておられる場合が多い。二万年前にあったとされる神々の戦、“暗黒魔大戦”では自らについてくれた民を守るためにあえて超魔力を行使するウロボロス様であるに対し、他の神々は兵に損耗を強い、民に税を課して戦った。結果的に負けはしたものの、遙かにウロボロス様の方が有意義であります。わたくしはかくありたい。民に損耗を強いる他国の戦いはまったく不条理であります」
ランカスターの言う言葉はいちいちもっともであった。それは教典の中でも取り扱っているのだが、他宗徒はそれを認めない。我が神こそが民を守る戦をしたのだという。
それをランカスターは「笑止の限り」と一蹴した。
「ともあれ、今回の戦勝によって邪神教はさらなる高みに昇ろう。ランカスターよ、共に参ろう」
その日の内に、ランカスターにはカノン司教座の大司教位と血の刻印を刻み込んだ。邪神教徒の中でもさらに忠誠を誓う者、“血の結束”を示すものだ。深々と礼をするランカスターは、やはり敬虔な邪神教徒であった。
「これで貴公は晴れて我が教団に迎え入れよう。また麾下の方々にもそう伝えるがよい」
「ははッ、身命を賭し、ウロボロス様をお守りする所存にございます」


深夜ということもあり、入団の儀式の後は就寝することにした。邸内で一室借り受けると、豪勢なソファに身を沈める。
「・・・・・状況は?」
ファンファンは誰にともなく独りごちるように呟いた。部屋には彼一人しかいない。しかし、ほどなくして彼の影が蠢いた。
影が、立ち上がった。
漆黒の影は徐々に輪郭を作り上げていく。目、鼻、口、そして人としての輪郭を。
ほどなく現れたのは、ダークスーツの長身の男だ。
「イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファー、かくはまかりこしました」
執事のごとく慇懃なまでに丁寧に一礼した長い黒髪の青年は、事務的な口調を隠さないままに報告する。
「昨日捕捉いたしました愚者皇は、arudo配下の“草”が発見した模様。こちらが派遣した“ダンディライオン”もまた接触に成功したとの報告が参りました。一路、ドルフ帝國首都へと向かうものかと思われます」
「ふむ・・・・・ケンプファー、例の仕掛けはうまくいっておるのか?」
意味ありげな笑みとともに言うと、ケンプファーは微かに頷いた。
「“例の”ですね。既にこちらから設営隊が順次出立しております。わたくしも間もなく現地に入り、指揮を執ります。ご安心を」
「任せる。私も明日はアラニアに戻り、政務を執らねばならぬのでな・・・・・」
「は」
「では以上だ。行動を開始せよ。あくまで穏便に・・・・・そして、狡猾に」
ケンプファーは答えず、深く腰を折って一礼すると、再び影の内へと消えていく。
「・・・・・さて、サイは投げられた。吉と出るか、凶とでるか」
口元には冷笑が浮かぶ。
窓から入る月明かりは、彼の口元の弦月を照らし出していた。







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