第15話:魔神を宿し者…

作:愚者皇さん


-From 13-
3人は、ドルフ帝国首都より手前にある町で休息を休息を取っていた。


夜の酒場にて

「ところで、傷の具合はどうだ?」
「…問題ない。お前には色々と世話になったな」
「そうか」
「愚者さん、あまり無理はしないでくださいね」

アリシアが心配して話しかけてくる。

「まぁなんにせよ、この町で少し休息を取って準備をした方がいいな。ここから先は山岳地帯だからな…」
「首都は山岳地帯にあるのか?」
「いや、首都は山岳地帯を越えた先にある。まぁ、最近は何かと物騒だからな…用心に越した事はないと言う事だ」
「なるほどな…」
「それとあまり良くない話を聞いた…カノン王城が邪神教団の手によって落ちたらしい」
「数は…?」
「さあな…。だが話によると、一人の魔術士によって12万の兵士が殺されたらしい…」
「!!」

愚者皇はそれを聞いた途端、表情が険しくなる。

(奴だ…。あんな芸当ができるのは奴しかいない…!!)

「愚者さん…?」
「お、おい…どうした?顔色悪いぞ…」
「い…いや、なんでもない…」

二人に話しかけられ、愚者皇はいつもの表情に戻る。

「悪いけど…、部屋に戻らせてもらう…」
「あ、あぁ…あまり無理はするなよ」
「すまない…」

二人を置いて、彼は先に部屋に戻る。
部屋に戻って扉を閉めた後…、彼は左腕を強く抑えながらその場にうずくまった。
見ると、左腕がビキビキと音を立てて禍々しく変異していく。

「ぐっ…ぐあぁぁぁっ!!」

ぶちぶちと肉が千切れそうな痛みにうめき声をあげる。それでも歯を食いしって堪える。

『血ヲ…』

不意に、暗い闇の中から声が響いてくる。

『我ニ血ヲ…』
(うるさい…)
『血ヲ…、我ニ血ヲ…。我ニ、断末ノ悲鳴ヲ…』
(黙れ…)
『貴様モ知ッテイル筈ダ…、アノ甘美ナル味ヲ…。アノ何物ニモ変エガタイ快楽ヲ…』
(黙れ、黙れ、黙れ!!)
『サァ、我ニ身ヲ委ネヨ。サスレバ我ハ真ノ…』
「黙れと言ってるだろうが!!」

気力を振り絞り、懐から短剣を取り出してビキビキと醜く変異した左腕に突き刺す。
ズブリという音と共に鮮血が吹き出す。

「ハァ…ハァ…」

不思議と痛みは無い。幾度と無くやってきたせいか、感覚が麻痺してるのかもしれない。
短剣を引き抜くと、だくだくと傷口から血が流れている。
辺りには血だまり、自分はその血だまりに立っている状態だった。

「愚者さん…?何か悲鳴の様な…きゃっ!!」

心配してきたのかアリシアが入ってきて、今の光景を見て絶句する。

「ぐ、愚者さん!!」

彼女は慌てて愚者皇のもとに駆け寄る。

「心配ない…いつもの事だ…」
「いつもの事って…先生呼んできます!!」
「待て!!」
「!?」

呼びに行こうとしたアリシアの腕を掴む。

「どうしてですか…!?それにその腕…!!」
「……………」

愚者皇の腕から流れ出た血でできた血だまりの規模からして、明らかに常人には致死量に値する量だ。
加えて、彼の禍々しく変化した腕は明らかに人間のものとは言えなかった。

「心配ない…。少し発作があっただけだ…」
「発作って…」
「『渇き』…だな」

不意に聞こえた声の方を見ると、レオンが入り口に立っていた。

「渇きって…」

アリシアは訳も分からないといった表情で尋ねてくる。

「魔界に住む悪魔に見られる一種の衝動だ。人間で言う欲求みたいなものだな」
「欲求…ですか?」
「そうだ…。ただ、人間と違うのは求めるものが性的なものではなく、純粋に破壊や殺戮といったものが多い」
「それじゃあ…愚者さんは……」
「彼は人間だ…。だが、それと同時に悪魔でもあるんだ…」
「そ…そんな……そんな事って……」
「……………」

信じられないといった表情で愚者皇を見る。愚者皇は答えない。

「でも…、なんで先生は知ってるんですか…?」
「レオンはただの医者じゃない…。退魔士だ…」
「やはり知っていたか…」
「今までに4千の悪魔と12体の魔王を屠ってきたといわれる、生ける魔人…。アンタに化け物扱いされた時は正直不愉快だったがな」
「だが、今の私はただの医者だ…。それ以上でもそれ以下でもない」
「だがその様子だと、お前は俺に宿っている悪魔を知ってるんだな…」

レオンはもちろんだと呟く。

「4体…、しかも私ですら屠るのが極めて困難な魔神クラス…。よく理性が保てたものだ…、常人だと肉体が滅ぶか、魂を食われてしまうかのどちらかしかないというのに…。恐らく禁呪によるものだな…」
「お前が下で話していた一人で12万の兵士を屠った魔術士…そいつさ」
「なっ!!」
「邪神教団最高司祭ファンファン…俺を魔神と同化させて、自らの手駒としようとした奴だ…。魔性融合の禁呪は知ってるだろ…」
「あぁ…、魔界の悪魔と依り代となる…まさか!!」
「そう…、俺は一度死んでるんだよ…奴に殺されてね」

ゆっくりと立ち上がり、窓際にある椅子に腰掛ける。禍々しく変異していた腕は元に戻っている。

「俺は人間だった頃の記憶はほとんど無い…。だが、奴に身体をずたずたにされた事だけは覚えてる…。気がついたら、俺は奴の手駒として動いていたよ…。数え切れない程の戦場を駆け回り、数え切れない程の敵を血祭りに上げてきた…」
「だが、どうして裏切った…?」
「記憶がな…さっきも言ったように奴に八つ裂きにされた時の記憶が戻ったんだよ…。その時に己の理性も僅かながら取り戻した…」
「それで、お前は何を望むんだ…?」
「さぁな…。正直、俺は静かに暮らせるならそれでいい…。人として…な」
「だが、お前の身体は…」
「知ってるよ…。もはや俺の身体は人ではない…。お前達に老いる事も病にかかる事も無い…、人と関わる事などできやしない…」
「そんな事…ないです。愚者さんは、私達と同じです…」

不意に、アリシアが言葉を切り出した。

「何故だ…?」
「だって…愚者さんが先生が行ったとおり通りの化け物だったら、今ここで私と先生を殺してます…」
「…確かに、まだ望みはある」

レオンはさらに言葉を続ける。

「お前の身体はさっきも言った様に魔神と同化している…。だが、奴等は魔神とはいえお前の身体の一部だ…」
「俺が魔神どもを支配しろと…?」
「今まで抑える事ができたんだ…。お前にできない筈が無い。まぁ、できなかった時はその程度だったというわけだ…」

レオンが含みを持った笑みを見せながら呟く。

「つまりは、俺が支配できなかった時はお前の手で俺を殺すわけだな…」
「そういう事だ…」
「いいだろう…。一度死んだ身だ、今更死ぬ事に抵抗はない…」
「それで、このまま逃げ続けるわけにも行かないのだろ?見た所、古巣から追いかけられてるみたいだしな…」
「あぁ…そうだn…!?」

急に辺りが紅い霧の様なもので覆われ始める。

「な、なんですか…これ!?」
「瘴気…!!」
「ちっ…こいつはまずいな…」
「レオン!!アリシアを連れて遠くに逃げろ!!」

ばっと立ち上がり、窓を蹴破る。

「お前はどうするつもりだ!!」
「恐らく俺が狙いだ…俺が囮になれば何とかなるはずだ!!」

そう言って窓から外に躍り出る。


町は惨劇と化していた。
辺り一面に悪魔が現れ、町の人々を喰らい尽くしている。
鼻にかかる血の臭い、耳に雑音の如く入り続ける悲鳴と断末の声、阿鼻叫喚とはこのことだった。

「ファンファンの僕か…」

すぐさま双剣を抜き放ち、襲い掛かる悪魔を斬り捨てる。

「数が多すぎるな…だったら…!!」

彼は次々と襲い掛かる悪魔をくぐり抜け、町の広場にあたる場所へと移動する。広場にはかなり数の悪魔がひしめき合っており、獲物である愚者皇を求めて襲い掛かってくる。
彼は地を蹴り、彼等の頭上を舞う。それと同時に言葉を紡ぎ始める。

「地の底に眠りし魔獣よ…、契約に従い我が呼び声に応えよ…。汝は冥府の門、汝は全てを飲み込む果て無き沼、今こそ汝の持つ門を開き、全てのものを喰らい尽くせ!!」

ばっと左腕を眼下にいる悪魔の大群に向けて突き出す。突き出した腕の先に紅い魔法陣が幾重にも描かれる。その直後、
彼等の足元がばっくりと開けた大口の様なものが現れ、一息に飲み込む。
悪魔達の悲鳴と共にばきべきと骨の砕ける音と、くちゃくちゃと咀嚼音が響き渡る。数瞬の後、広場は何者も存在しない空間と化した。
愚者皇が先ほど使ったのは異界喰らい(アビスイーター)と呼ばれる魔獣の召喚術である。
アビスイーターの魔獣召喚は下位クラスだが、広範囲にわたって効果を得る事から彼が対集団戦で最も用いてきた魔獣召喚である。

「まぁ、雑魚はこんなものだろ。しかし…」

アビスイーターでかなりの数の悪魔を消してもそれでも多い事には変わりなかった…。

「ちっ…あまりにも多すぎる……なんだ!?」

異様なまでの威圧感を周囲に感じる。
彼の五感が警告を発していると同時に、広場が暗くなる。

「!!」

愚者皇は咄嗟に大きく後退する。その直後に轟音と衝撃。彼の身体は衝撃によって吹き飛ばされ、後ろの建物の壁に叩き付けられる。

「ぐあっ…!!」

衝撃で意識が飛びそうになるが、何とか持ちこたえる。そして先ほどいた場所を睨みつける。

「……なっ!?」

そこには禍々しい姿をした大きな狼が3体…
彼はそれらの名を呟いた…。

「ガルド…、ギラム…、ゴラン…」

それは彼にとって家族ともいえる魔狼の名前だった…。

血に染まったように紅い月の夜…。
悲しき戦いが始まろうとしていた…。

-To 古代兵器-

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